史上最大規模のブランド・エクスペリエンスイベント ARC’TERYX MUSEUM をレポート
〈ARC’TERYX〉の世界観や哲学をかつてない規模の展示で表現したイベントを振り返る
カナダ・バンクーバー発のアウトドアブランド〈ARC’TERYX(アークテリクス)〉は、史上最大規模のブランド・エクスペリエンスイベント “ARC’TERYX MUSEUM(アークテリクス ミュージアム)”を東京・原宿キャットストリートの特設会場にて、2024年4月20日(土)〜5月5日(日・祝)の期間に開催した。本稿では、近年アウトドアシーンだけでなくストリートでも絶大な支持を集める〈ARC’TERYX〉の世界観をかつてない規模の展示で表現した、この稀有なイベントの全貌をレポートする。
展示会場は3フロアに分かれており、〈ARC’TERYX〉のブランドパーパスである「LEAVE IT BETTER(この世界を、より美しく。)」をさまざまな角度から表現した構成に。まず最初のエリア “Who We Are.”では、カナダのコースト山脈の険しい山々やバンクーバーの広大な自然、そしてブランドの拠点であるデザインセンターや本社工場の映像をインスタレーションとして提示。この映像から〈ARC’TERYX〉の全てのプロダクトが美しい自然からインスピレーションを受け、製品テストを繰り返して生まれていることがわかる。また、インスタレーションの柱に〈ARC’TERYX〉の製品が使用されている点にも注目したい。来場者はこれらの演出から、徐々にブランドの世界観に引き込まれていく。
次のエリア “Product Innovation”では、〈ARC’TERYX〉がこれまで発表してきた膨大な製品の中でも、エポックメイキングなプロダクトを3つのカテゴリーに分けて紹介。〈ARC’TERYX〉の原点である“ハーネス”に始まり、安定した人気を誇る“バックパック”、そして“ハードシェルジャケット”へと続き、それぞれ代表的なアイテム、開発当時の貴重な資料と映像から、イノベーションの変遷を辿ることができる。1989年、熱心なクライマーであったデイブ・レーン(Dave Lane)は、友人であるジェレミー・ガード(Jeremy Guard)とクライミングギアを製造/販売するガレージブランド〈ROCK SOLID(ロック ソリッド)〉をスタート。彼らは自宅の地下室で制作したクライミングハーネスを手売りし、そのクオリティが購入者から高い評価を得たことで認知度が広まっていく。特にデイブの素材やディテールへのこだわりが〈ROCK SOLID〉のハーネスをマーケットの中で異質な存在として際立たせた要因だと言われており、今回の会場で展示されている初期プロダクトから、のちの〈ARC’TERYX〉へと繋がるデザインの片鱗がうかがえる。
“バックパック”のパートでは、〈ARC’TERYX〉の創業から3年後の1994年に初登場したBORA BACK PACKをフィーチャー。このモデルは高い評価を得たVapor Harnessで採用された熟成型の3Dフォームをバックパネル/ショルダー/ヒップベルト部分に採用し、身体に吸い付くような背負い心地を実現。展示は初代モデルから2022年の最新モデルまでが並び、今も進化を続けるBORAシリーズの変遷を辿る構成に。また、実際のプロダクトを背負うことができ、その機能を実感できるのも嬉しい。
“ハードシェルジャケット”のパートでは、今や〈ARC’TERYX〉を象徴するアイテムとなったALPHA SV JACKET(アルファ SV ジャケット)シリーズの歴代モデルを紹介。ALPHA SV JACKETは、クライミングギアの開発からスタートした〈ARC’TERYX〉初のアパレルとして、1998年に誕生。開発から発売まで4年近くの歳月を費やしたという初代モデルは、「GORE(ゴア)」社との共同開発により誕生したGORE-TEX XCR、「YKK」と共同開発したWaterTight™️ Zipper 止水ファスナー、ガーメント全体の透湿性向上のためのTINY seam tapeといった革新的なディテールを採用し、当時のGORE-TEXガーメントの常識を再定義した記念碑的なプロダクトと位置付けられる。現在ではさまざまなブランドのプロダクトに採用されている止水ファスナーは、実は〈ARC’TERYX〉と「YKK」によって生み出されたものだという事を、ここに明記しておきたい。展示では1998年から2023年までのプロダクトから代表的なモデルがセレクトされており、年代順にディテールの変化を追うことで、ALPHA SV JACKETが常にアップデートを繰り返していることが確認できる。
1Fフロアの“ARC’HIVES”のパートでは、日本全国の〈ARC’TERYX〉コミュニティのメンバーから集めた膨大なアーカイブコレクションを一同に展示。1990年代から2020年代までの〈ARC’TERYX〉のプロダクトが100点以上並ぶ光景は、圧巻の一言。展示に添えられているQRコードを読み取ると、各プロダクトにまつわる個人的なエピソードをチェックすることが可能に。なお、現在これらのストーリーは、特設ページにて公開中。アーカイブの提供者には日々厳しい山々と相対している山岳ガイドから専門のライター、〈ARC’TERYX〉を長年販売しているディーラー、アパレル関係者、一般のユーザーまであらゆる職種の人々が含まれており、機能性を重視したプロダクト、デザイン性の高いアイテムなど、それぞれの選ぶ視点が異なっているのも興味深い。また、会場内の一角に設けられた“Library”というコーナーでは、本展示のアーカイブコレクションを全て収録した写真集『ARC’HIVES』を展示。この書籍は今回のアーカイブ提供者のために制作され、彼らに贈られた写真集で、特製ケースに収められたスペシャルな一冊。一般販売されていないこの貴重な写真集は、会期中のみ会場内で自由に閲覧することができた。
最後のパート “ReBIRD™️(リバード)”は、〈ARC’TERYX〉が推進しているサステナビリティプログラム “ReBird™”を紹介。会場内には現在一部店舗のみで展開中のReBird™カウンターをイメージしたスペースが出現し、東京を拠点とするクリエイティブコミュニティ「NewMake」とのコラボレーションによるワークショップを実施。会期中に行われたワークショップでは、〈ARC’TERYX〉のジャケットを中心に、店頭に並べることができなかった廃棄プロダクトや余剰生地を用いて、パーツを組み合わせたネームタグ、シェルジャケット等のポケットを活用したポケットポーチを新たに制作し、それぞれが持ち帰ることができた。こうした取り組みからも、〈ARC’TERYX〉の環境の未来に対する明確なビジョンを感じられる。
約2週間にわたって開催された“ARC’TERYX MUSEUM”は、多彩なコンテンツを通してブランドの歴史や世界観、その哲学を表現した実験的な試みであった。多くの人々が来場した本展は、長年のファンだけでなく、より幅広い層に〈ARC’TERYX〉というブランドの本質が伝わったことは間違いないだろう。会期は既に終了しているものの、コンテンツの一部は“ARC’TERYX MUSEUM”の特設サイトにて閲覧可能なため、気になる方はぜひチェックし、〈ARC’TERYX〉の今後の活動にも期待しよう。